*** 当サイトについて ***
父(清美)は平成20年5月7日(水)正午に他界しました。(享年69歳)
病気を苦にしての孤独死でした。
亡くなる前の日の、
両目いっぱいに涙を溜めて、助けを求めてすがるような、
そんな父の顔が最後に見た父の姿だったと思うと、
その悲しそうな瞳が脳裏に焼き付いて、なかなか離れてはくれません。
時間が経った今でも、
父が何を想って一人旅立っていったのだろうと、
ずっと思い巡っていたりします。
とりたて親孝行もしないで、実家のことは母に任せっきりでした。
もっと、話を聞いてあげればよかった・・・。
もっと、優しくしてあげればよかった・・・。
今となっては、後悔だけが残ります。
声も、姿も、気配も、まるで、実在した父との日々が夢であったかのよう。
父のスーパーカブの後ろに乗って、沢に釣りをしに行った夏の日。
小学校の授業参観日に、何度も父を振り返って見た幼い頃の遠い日。
大人同士の人付き合いは苦手だったけれど、
母を愛し、人一倍人情深く、
根はとても優しく、
私たち子供や孫たちをとても可愛がってくれた父。
「病気をすると、つまらないな。」
亡くなる前日、帰省中の私にそう愚痴をこぼしていたのを思い出します。
そんななんでもないような言葉に、色んな意味が隠されていたのかと思うと、
人の心の痛みを推し量ることは、どんなにか難しいものだと身が切られる思いがします。
生前、父は沢山の趣味を持っていました。
登山や、写真、沢釣り、中でも父が一番愛したものは水彩画を描くことでした。
JRの運転士だった父は、沿線の景観をこよなく愛し、絵に描きとめ、
地域の展覧会に出展したりと精力的に描いていたものです。
晩年になってここ数年は、もう創作することもままならないほどに体が弱っていたので、
「お父さんの水彩画を、サイトを作って全世界に公開してあげるね。」
と、すっかり生気を失った父に少しでも元気を取り戻してほしいと願い、
奇しくも亡くなる前日に、私はそう約束していたのです。
HPなど作ったこともない、作る能力もなかった私だったのですが、
父を活気づけるための精一杯の親孝行のつもりでした。
「俺の絵なんて、観てくれる人いるかな。」
そう言いながら、はにかんで嬉しそうに話す父の顔が印象深く残っています。
近いうちにHPを本当に作ってあげようと決心して、その日実家を後にしました。
あの日から三ヶ月が過ぎ、やっと今、HPを公開するまでに漕ぎ着けたことを、
亡き父が一番、喜んでいると思います。
しかし、20年ほど前から少しずつ描き始めた水彩画は、
今は、自宅に数枚しか残っていません。
まるで、ずいぶん前から死を覚悟していたかのように、
昨年あたりから親族や親しい友人、公共施設などに譲渡していたそうです。
故に、このサイトに展示している絵画は、全作品のうちの数点しかありません。
サイト自体はまだまだ完成に至っておらず、
これから少しずつ父の過去の作品の写真を撮り集め、
思い出を語り、父のありし日を偲ぶように、
また、父との約束を果たすために、
このサイトを作り上げていきたいと思いますので、
どうぞ、温かく見守って下さればと心から願います。
僅かな作品しか展示しておりませんが、少しでも御観覧頂ければ嬉しいです。
最後まで私の拙い文章を最後まで読んで頂き、有難うございました。
平成20年8月16日
管理人:長女(みちこ)